マニラ日本語キリスト教会
教会員からあなたへ
マニラで神様を信じる決心をされ。マニラ日本語キリスト教会で洗礼を受けられた方々の話を紹介いたします。
ビジネスマンとして、あるいは駐在員の奥さんとして、また学生としてマニラにこられ、そしてイエス様に出会い、180度人生が変わりました。ある方は劇的な体験のうちにイエス様を信じるようになりました。ある方はすこしづつ聖書を読むうちにイエス様を救い主として受け入れました。
どのように、イエスキリストに出会い、信じるようになったかのストーリーです。
Sさん(99年マニラ日本語キリスト教会にて受洗、現在ケニアに転任)
…先生の「とにかく聖書を読んでください」という言葉に従い、聖書を読み始めました。旧約聖書と新約聖書の違いも知らなかった私が、20才の頃感じた神は、このお方かもしれないと思うようになりました。 ・・・しかし私はひとつの大きな壁にぶつかりました。「罪」の問題です。本を読めば読むほど、私の心の中で何かがささやきます。「あなたはそんなに悪くない。罪など犯していない」と。 「40数年、私がそれなりに幸せに過ごして来れたのも神様の恵みによるもので、その神に感謝もせず、背を向けていた自分」に気づきました。それが私の罪なのかも知れないと思いました。
・・・そこに十字架にかけられたイエス様がたっておられました。私は心のそこから言いました。「私の罪のために死んでくださったイエス様、本当に感謝いたします。これから、その大きなあなたの愛に応えるように生きていたい。」 ・・・
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Mさん(99年マニラ日本語キリスト教会にて受洗)
・・・その夜、ご夫妻から借りた賛美のテープを就寝前にセットしたことろ、次の台詞が聞こえてきました。「一生懸命がんばってきたけど、もうダメだと思っておられる方はいませんでしょうか。聖書はこう言います。世に立つものはイエスを信じるもののみ、イエスが与えてくれる力と奇跡とによって勝利しているのです。どうぞあなたもイエスを心に受け入れてみてください。」
この台詞を聞いた途端、何も言えぬ感動が胸の内より出てきて、「今までの金銭面のトラブルは全て私自身の間違いでした。」「妻を一方的に叱責するのは、私の責任逃れの汚れた心でした」等と自分の汚い胸の内が見えてきて、そんな私を救う為にイエス様が生きたまま張り付けにされている御姿が浮かんで見えました。それと同時に涙がとめどなく涌き出て、私の汚れた全身をきれいにきれいに洗ってくれるようでした。・・・
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Sさん(99年マニラ日本語キリスト教会にて受洗 現在日本在住)
…二つ目は家を探す時の事でした。 住んでいたマガリアネスの家が洪水時 浸水する通りにあった為 安全な通りに引越そうとかなり探したのですが、見つからず対象ビレッジをサンロレンソにまで拡張し捜し歩きました。 最後に予算内でようやく気に入った家が見つかりましたが 主人がサンロレンソに移る事は反対で大変難航しました。この時助けを求めたのはルデヤ会(マニラ日本語キリスト教会婦人会)でそこで祈ってもらえれば解決するような予感がしたのです。事実 嘘のように主人が最後あっさりと「子供も気に入っているならサンロレンソでもいい」 と折れ簡単に事が運びサンロレンソへ引越す事が出来たのです。 これには私がびっくりしました。本当に祈りは聴かれるとの思いを強くしたのです。・・・
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Hさん(2003年マニラ日本語キリスト教会にて受洗、マニラ在住)
・・・気が付いてみたら、暗黒の社会、裏の世界に、どっぷりと罪の中に10年間浸かりきってました。今では、寝る前に真っ暗にて寝れますが、いつも寝る時は、小さな電気をつけてないと安心して寝れませんでした。小さな物音1つでも目がさめたことがなん回もありました。
・・・カビテに仕事のため来てから、ちょくちょくマニラ日本語キリスト教会員のMさんと会う回数も増え、その都度神様の本、キリスト教の本を持ってきたり、ビデオテープ、ラジオ伝道のテープ、それはもう熱心に話しを聞かせられたのです。
・・・私も女房と子どもを裏切って、本当に心に深い傷をおわせて苦しませました。本当に悪い父親だったのです。自分中心に物事を考えて生きてきたからです。家族を忘れていました。全て自分ではなにもできないことも分かりました。救い主、主イエスキリストに全部ゆだねて、はじめて救いがあるものも分かりました。十字架にかけられ、私の罪を贖ってくださり、尊い血を流された主イエス様に感謝しております・・・
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Mさん(2000年マニラ日本語キリスト教会にて受洗、日本在住)
・・・聖書研究会での学びと神様への礼拝、そしてクリスチャンの兄弟姉妹との交わりを通して、私は少しずつ変えられていきました。聖書の言葉に立ち返るたびに、次々と襲いかかる理不尽との対決に意味が与えられ、神様の備えてくださっている計画の一部としてそれらを受け入れることが出来るようになりました。以来、私にとって理不尽はむしろ無くてはならないもの、神様の備えてくださっている道を歩む上での大切な一歩として捉えられるようになりました。そして理不尽と格闘する私と常に共に在って私を守り、共に戦ってくださっている主の臨在を感じられるようになりました。私は一人で孤独に戦っていたわけではなかったのです。
・・・1999年3月10日水曜日、用事があってフィリピン大学のキャンパス内をジープニーで移動していた私は、向かいに座っていた学生のTシャツのプリントに釘付けになりました。それはタガログ語で、「Kung Hindi
Ngayon, Kailan Pa? 」(今でなければ、一体いつになるんだい?)という言葉でした。その言葉によって私は後頭部をガツーンと一撃された様なショックを感じ、「今日でなければ一生の間、私は信仰告白を出来ないのではないか?」と思いました。そして、その日の午後に開かれた聖書の学びの会で再びその言葉が強く脳裏に甦り、主に背中を押されるような形で、遂に信仰告白をすることが出来ました。・・・
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